美鶴は小学生の頃から、男子にも女子にも強気の態度で接してきた。
特に里奈が同性から陰険な虐めを受けるようになってからは、護ってやらねばという思いでしばしば周囲と対立した。
なによっ! 陰でイジイジとっ! 卑怯者っ!
男子だってなにさっ! ちょっと怒鳴ったくらいでビービー喚いてっ!
里奈以外の生徒とは、美鶴にとってそういう存在。
「べっつにさぁ お前がいちいち頭突っ込むコトでもねぇだろ?」
聡に宥められても、美鶴が変わるコトはなかった。
何も里奈以外のすべての生徒と対立していたワケではない。他の女子生徒と笑い話をするコトもあったし、なにより学校は楽しかった。
でも美鶴にとって、一番は里奈だった。里奈以外に大切な人が現れるなんて、想像もしなかった。
自分を変える必要などなかった。
だからわからなかった。自分が澤村を意識しているという事実にすら、気付かなかった。
気付かなかったから、里奈にも相談できなかった。
これが恋心なのかとはっきり理解したのは、秋も終わろうかという頃だ。
思えば、自分に向けられたあの笑顔。一目見て惚れてしまったのだろう。
理解すると、今度は激しく動揺した。
よもや自分が異性に心魅かれるなど、考えもしなかった。
羞恥のような、憤りのような、苛立ちのような感情が渦巻いた。
一般女子の憧れに自分も惹き寄せられたのかと思うと、癪にも思った。
澤村を意識する自分に気づかなかったのではなく、その事実から目を逸らしていたのかもしれない。恋心の存在すら、否定したかった。
でも、それは無理というもの。
ならば、迎え撃つしかない。
陰でコソコソするのは嫌いだ。存在が明らかなら、それを認め、伝えよう。
だから告白しようと思った。
両想いになりたいと思っていたワケではない。それは、たぶん間違いない。
だからフラれた時もそれなりにショックだったが、"やはり"という思いもあった。
それに、今となっては、そんなコトはもうどうでもいい。
どうでもいいのだ。
「どうでもいい」
口に出してみる。
かすかに動かした指が、髪の毛に触れる。
あの時―――
耳元で囁いた澤村の唇が、少し美鶴の髪に触れた。触れたような気がした。
あの時は短かった髪。高校に入って無造作に伸びた髪。そして再び、短くなった。
「そんなコトは、どうでもいい」
澤村に振られたコトも、今となっては些細なことだ。
そんなコトよりも―――
「ありがとね」
はにかんだように、子犬のような目をクリクリさせて笑う里奈の笑顔。
あの笑顔は、すべて嘘だったのかっ!
頬に当てていた片手で顔を覆う。それでも足らず、もう片方も使う。
両手で顔を隠し、大きく息を吸った。
今さら、どうでもいいじゃないか。
そうだ。どうでもいいコトだ。なんだって今頃また思い出してしまったのだっ
離れた位置から、微かな足音。
聡か瑠駆真でも入って来たのだろうか?
最悪だな。今は誰にも会いたくない。よりによって、あのどちらかと顔を会わせなくてはならないとは。
コンッと机に軽い音。缶コーヒーかその類の物が置かれたようだ。
どちらだろうか?
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